弱い人ほど相手を打ち負かそうとする。弱い人ほど「俺は強いんだぞ!」と自分の力を周囲に見せつけようとする。弱い人ほど誰かとの比較で優越感を感じたがる。強い人は自然体だ。強い人は「誰かとの比較」をしない。強い人は等身大で肩の力を抜いて生きることができる。
— Ryuta.k (@Rkpb_R) 2021年7月3日
人と比べない生き方。「俺はあいつより優れてる」「私はあの子より劣ってる」と、人と自分を比べる生き方をしているとメンタルがしんどくなってしまう。常に競争、常に優劣、常に勝敗で生きていては安定した幸せを得られない。綺麗事ではなく「自分は自分らしいままでいい」と思えると人生はとても楽だ
— Ryuta.k (@Rkpb_R) 2021年11月18日
自分に自信がない人、自己肯定感が低い人は絶えず他者との比較競争の中で生きています。
そういった人たちは、自分と誰かを比較し、競争し、時には足を引っ張ってでも打ちまかし、
「自分の方が優っている」「マウントをとれている」ということを確認することでしか自分の「足場」を確保できません。
言うまでもなくそれは非常に疲れる人生です。
ある他者Aとの比較競争に打ち勝ったとしても、別の他者Bとの競争が待っています。
それに打ち勝ったとしてもさらに別のCが、Dが、Eが…キリがありません。
他者との競争において生きると言うのは終わらないラットレースを生きるということと同義です。
「強い人」というのは競争において比較優位を保ち続けている人ではありません。
「強い人」というのは人にマウントを取り続けている人ではありません。
「勝者」が「強者」だとは限らないのです。むしろ勝ち続けている人こそ意外と"もろい" 一面があるのは周知の通りです。
「強い人」とは他者との比較を捨てた人です。
そう言う人にとって競争相手と言えばせいぜい昨日の自分くらいです。
昨日の自分に勝てればちょっぴり嬉しい。
他者に勝っても負けてもどうとも思わない。
他者との比較競争という概念が無い。
このマインドこそが私の言う「自然体だ」ということです。
無論、私たちは幼少より他者との比較を運命づけられており(学校のテストがどうとか、50m走のタイムがどうとか、就職先のランクがどうとか、結婚相手の年収がどうとかetc)、
その呪縛から抜け出すのは並大抵のことではありません。
でも、少しずつ自分と向き合うことにより、少しずつ他人を気にしない努力をしてみることにより、
徐々に競争に執着しない心を得ることが可能です。
劣等感と優越感、敗者と勝者、卑屈さとマウント…これらに苛まれている人は非常に多いです。
これらに囚われている限り、真の意味での心の平穏はきっと得られないでしょう。
比較優劣を打ち捨てることにより確固とした自己-もしくは自己肯定感-が手に入ります