Ryuta.k【放浪社長】

起業家。放浪者。読書家。偏差値40台の高校卒→早稲田大学入学→起業し中退→キャリアデザインスクール経営→フリーランス→SNS広告関連会社代表。妻と2人暮らし。在野での哲学研究をライフワークにしてます。趣味は将棋(三段)です。

現実に先立つものは思考

 

 

「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である。」

 

18世紀ドイツの偉大な哲学者であるヘーゲルの言葉です。

 

 

観念論哲学を専攻した方や哲学の基盤的知識がある方、もしくはヘーゲル研究者の方には怒られてしまうかもしれませんが、
私は上記の名言とナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」を部分的に重ね合わせて理解しています。

 

ヘーゲルは世界的な視野において、壮大な人間(精神)の歴史全体を包括して上記のように述べたのであり、
決して「個人の思考」のような小さくまとまったことを研究していたわけではありません。

しかし世界的な人間規模で考えたとしても、
それは人間ひとりひとりが集まってできたものに他ならないですから(そうですよね?)、
ヘーゲルとナポレオン・ヒルを「類推」的に捉えてみるのも面白いと思うのです。

 

 

哲学的には非常に時代遅れな発言になるかもしれませんし、哲学に造詣の深い方はツッコミを入れてこないで欲しいのですが、
世界のシステム(政治、国家、社会、経済、軍隊、教育機関、インフラ、その辺の商店街、その他なんでも…)は全て人間の思考の投影だと言っても過言ではありません。

 

端的に言えば、あれがあったら便利だよね、これがあったら便利だよね、あれはなくても別に良いよね、あれがあった方がもっと素敵だよね、
を何百年も何千年も繰り返しているうちに私たちが普段見慣れている光景が世界に出来上がったわけです。

 

 

 

理性的なものは現実的なのです。

 

 

 

 

この、世界規模の壮大な話はまるきり個人の人生にも当てはまると思いませんか?

 

 

「友達が100人できたらいいよね」と言いながら友達作りに勤しむ幼年期

「モテたければ運動部だよね」と言いながらスポーツにのめりこむ思春期

「就職のためには良い大学に行かなきゃね」と受験勉強を頑張り大学生〜社会人になり、

「そろそろ子供が欲しいね」と言って家族を築いていく。

 

今ある環境、今ある人間関係、今ある個人的システム、その全てにおいて「思考」が先立っています。

 

 

 

思考は現実化するのです。

 

 

 

非凡な人生であれ、
平凡な人生であれ、

「ああしよう、こうしよう」がまず先立ち、
それを追いかけるような形で人生が創られていきます。

 

 

理性という言葉と思考という言葉がそれぞれ意味することは、
厳密に分析し、定義付ければかけ離れているように思います。

 

 

でも、社会をとりまくシステムと個人をとりまくシステムの生成の仕方は、それほど遠く乖離していないのではないかと、
そう思う時がたまにあります。