Ryuta.k【放浪社長】

起業家。放浪者。読書家。偏差値40台の高校卒→早稲田大学入学→起業し中退→キャリアデザインスクール経営→フリーランス→SNS広告関連会社代表。妻と2人暮らし。在野での哲学研究をライフワークにしてます。趣味は将棋(三段)です。

相手を認めるのがコミュニケーション

 

 

 

 

当たり前の話ですがコミュニケーションは自分ひとりでは成立しません。

コミュニケーションは相手がいて初めて成り立つものです。

 

 

「コミュニケーション力」を言い換えれば
相手と自分を通じ合わせる能力のことだと私は考えています。

 

 

 

「コミュニケーション力=話す力」だと考えている人が多いように見受けられますが
それはコミュニケーション能力の「一部」にすぎません。

 

 

話す力は「自分→相手」という構図での伝える能力にすぎないからです。

コミュニケーションは必ず双方向的ですから「自分⇄相手」という通じ合いが大切なわけなのですね。

 

コミュニケーションはキャッチボールだという例えがよくありますが、
「話す力」のみですと一方的な送球に過ぎないわけです。

 

 

もちろん送球できることも大切ではありますが、まずは相手からのボールを受け取ることができなければなりません。

否、相手からのボールを受け取る姿勢がなければなりません。

 

 

 

では、通じ合うためには-キャッチボールのためには-どうすればいいのかということを具体的に描いてみたのが
冒頭のツイートの「聞く」「共感」「褒める」という3点です。

 

 

いずれも相手へのベクトル(矢印)が無いと成立しない行為であり、
いずれも相手へのベクトルを具現化したものだということがお分かりでしょうか。

 

 

「聞く姿勢」は当然そこに相手がいることを前提としています。

「共感する姿勢」もそこに相手がいなければ持てるものではありません。

「褒める姿勢」も相手の良点を認めようとしているわけですからベクトルを相手という存在に向けているわけです。

 

 

 

 

真にコミュニケーション上手な人は必ず「相手の存在」を重く認識しています。

 

 

 

 

しかしそれはもちろん相手に振り回されるだとか、相手に媚を売るだとかそういうことは大きく違います。

 

 

まず相手をそこに認め、その上で自分を表現し、さらに相手を重んじ、さらに自分という球を"送球" し…

 

という具合に、螺旋を描くような「通じ合い」をしようとするのが
とてもコミュニケーションの上手い人の特徴です。

 

 

一方的に自分の我を貫こうとしたり、
逆に相手100%の半ば卑屈な姿勢で会話をしているのとはまるで異なります。

 

 

 

 

相手があり相手を尊重し、

自分があり自分を尊重する。

キャッチボールをしようとする姿勢。

 

これこそが万人がとるべきであろう、コミュニケーションにおける姿勢なのです。