僕はHSPだったと思う。いわゆる「繊細さん」というやつだ。
「だったと思う」と書いたが今でもその気質はきっと多分に残っている。
繊細な人は人間関係での怖れが多い。
「こう思われたらどうしよう」
「悪いように思われたらどうしよう」
「空気を読めていなかったらどうしよう」
「その場にいる相手を楽しませられなかったらとうしよう」
このような調子だ。つまり、このブログで度々書いている「他人軸」な状態にある。
他人からネガティブな評価をされる自分を許せないのだ。
そしてこの気質は当然、人間関係の延長上にある社会生活や人生選択にまで影響を及ぼす。
他人からの評価や判断、「どう思われるか」を気にする繊細な人は例えば「どの仕事を選ぶか」「誰と結婚するか」などの大きな人生選択においても、
「こうあるべきだから」「こうした方がまともだから」という基準で判断を下しがちだ。
もちろん繊細な人だって自分らしくありたいと思っているし、自分のやりたい仕事をしたいし、自分の理想的な人と結婚したいと思っている。
だけど、周りからの目線、同調的な圧力、「こうあるべき」という正解主義、その他諸々のブロックにより「自分らしさ」というものを心の奥に封じ込めてしまっていることが多い。
繊細な人にとって頭の中心地点にあるのが「人の目線」つまり「普通から外れ恥をかく自分を許せない気持ち」なのであり、自分らしさやワクワク感、ピンとくる感は素通りされてしまっているのだ。
このブログでいつも書いているように、まずは自分を許すことが大切なのだと思う。
どんな自分も許すというのはハードルが高いにしても、少しずつ少しずつ自分を許容してあげよう。
例えば「人にどんな風に思われても自分は自分だから」というのもひとつの許容だし、
「失敗しても恥をかいても情けなくても大丈夫」というのもひとつの許容だし、
「繊細で人からの評価を気にして傷ついている自分を認めてあげる」のもひとつの許容だ。
自分を許している範囲が広いほど、その深さが深いほど、人からの評価や圧力のようなものは気にならなくなる。
良い意味での「鈍感力」のようなものが手に入る。
今まで「気にしい」のあなたを好いていた人が離れ「あなたらしい」あなたを好いてくれる人が新たに現れる。
大層な表現を使えば人脈が入れ替わる。
とっても生きやすくなる。
繊細さん的な人生も、鈍感さん的な人生もひとつの人生でありそこに優劣はないけど、
胃腸や自律神経に優しいのはきっと後者の生き方なのではないかなと僕は思う。