Ryuta.k【公式ブログ】

「自己肯定感と心理学」「ライフワークとパートナーシップ」を軸に発信しています

頑張ることを辞めれば生きるのはもっと面白くなる

 

 

 

私は常々「頑張らなくていい」という発信をしていますが「廃人のようになってしまってもいいということですか?」「怠け者になってもいいってことですか?」という疑問を持つ人も多いと思います。

 

もちろん、怠け者や廃人になりたいのならそれでも良いと思うのですが、ほとんどの人は「頑張ること」を辞めたとしてもきっとそうはなりません。

 

 

 

 

 

頑張ることから解放されるよう意識していくと真にやりたいことやワクワクすることが芽生えてくるものだからです。

 

 

 

 

 

私の知る限り、一般的な社会人は自分を慢性的に抑圧しながら生きています。自分を抑圧しているということにもはや気づけないほど自分を抑圧して生きています。感覚の麻痺というやつです。

 

この、「自分では気づけない慢性的抑圧状態」を私は「頑張り」と表現しています。世間で言う「頑張り」とはちょっとニュアンスが違うかもしれませんね。

 

つまり、私が「頑張らなくていいんだよ」というときは「少しは自分のやりたいように生きてもいいんだよ」ということです。

 

 

 

 

 

頑張り状態…つまり慢性的抑圧状態の時には「自分のやりたいこと」は中々見えてきません。

やりたいことよりも、「やるべきこと」や「やらなきゃいけないこと」、「義務的なこと」、「ルーティン」に覆われてしまっているのが普通の社会人というものだからです。もしかしたら学生だってそうかもしれませんね。時間割があってやりたくもない授業をさせられるのだってきっと同じことです。

 

「やりたいこと」を押さえ込まれるのって本来は苦痛なはずなんです。

「やりたくないこと」を淡々とこなすことは本来は(動物的本能の面から言っても)健全ではないはずなんです。

 

でも、学生時代から社会生活に至るまで、私たちは「特にやりたくないルーティン」を特に文句も言わず日々回していくように教育されます。私たちはそれを意識している、していない問わずそういう身体になってしまっているのですね。

 

 

 

 

 

でも「やらなきゃいけないこと」を淡々と毎日こなすというのは本来は自然の摂理に反することですから、ふとした時に「あれ、私の人生ってなんなのかな」と何だか虚しさを感じたり、言いようのないモヤモヤ感覚が湧き起こったりします。

頭では「まっとうな社会人とはこうあるべき」というのは分かっていたとしても心と身体は正直です。

人生の折々で、「頑張りたくない!」「これは私の本分ではない!」ということを主張してくることでしょう。そして多くの人はその心と身体からの小さな悲鳴を無いものとし、スルーしたまま人生を終えます。

 

 

 

 

 

ここまでの文章を読んでピンときた人は是非、「本当に自分がやりたいことってなんだっけ?」「学校に入る前、幼少期は何が好きだったんだっけ?」「自分は何をしてる時に心の底から突き抜けるようなワクワク感を感じられるんだっけ?」と、是非自問してみてください。

 

常日頃「頑張っている人」はそう簡単にこれらの問いへの解答を見つけられないことでしょう。

でもリハビリだと思って根気強く、自分の好きなこと、やりたいこと、ワクワクすること、感動することを探し求めてみてください。

 

長期にわたって繰り返し自問自答していくうちに必ず自分が本当にピンとくる「ワクワクすること」が見つかるはずです。

 

 

もちろんワクワクすることが見つかったからと言ってすぐに仕事を辞めたり学校を辞めたり社会人を辞めたりできるわけではありませんが、自分が大好きなことを知っているのと知っていないのとでは大違いでしょう。

 

少しずつ「頑張り」の配分を減らして「ワクワク」の配分を大きくしていけばいいのです。

 

自分の人生を100%ワクワクで満たすことができずとも、70%でも50%でも、例え30%でも満たすことができれば人生の楽しさとか幸福度って本当に大きく変わると思うんです。

 

 

 

頑張ることをやめたら廃人になるわけではありません。

頑張ることを辞めたらよりアグレッシブに、ポジティブに、幸せになれるのです。