Ryuta.k【公式ブログ】

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「社会不適合者」だからこそ幸せに生きられるのでは

 

 

「社会不適合者」という言葉を心なしかよく見かけるようになりました。特に20代の若い世代の間では「社不」なんていう略語が市民権を得つつあるようです。

それだけ集団生活で同調圧力にさらされていたり、空気をよんだり、朝早く出社して夜遅く退社したり、自分に向いてるんだか向いてないんだか分からない作業をこなして固定の給料をもらったりすることに微妙な違和感を感じている人が多いということなのかもしれません。

 

20代の人が「社不」という言葉を使う時に感じられるのはある種の「諦め」です。

「集団生活に馴染めなくてめっちゃ社不だわ〜」と言う時は、「それでも他に選択肢がないからそれでやっていくしかないんだけども…」という諦念が伝わってきます。

「会社員に向いてなくてマジで社不だわ〜」という時には、「でも会社員でいるしかないわけだしどうしようもないけどさ」という諦念が鈍く響いてきます。

 

でも、「社不だわ〜」が自分のことをちょっと斜め上から見た冷笑的な諦念であっても、ひと世代前の若者より今の若者のほうがずっと大人で、生きやすくすらあるのではないかと思ったりしています。

 

 

ひと世代前の若者って世の中の空気に飲まれっぱなしで、うすうす自分がいわゆる「社不」だという自覚があってもそれを口にすることは断じて許されませんでした。周囲の人に許されないとか社会的に許されないとかではなく、むしろ自分の良心(?)のようなものが自分を「社不」だと認識することを許せていなかったのです。みんな。

 

だからオタクとかコミュ障とかインキャとかネクラとか「明らかお前社不やんw」的な人でも自分のことを「社不だわ〜」と言うことはありませんでしたし、ツイートすることもありませんでしたし、その自覚が薄々あったとしても認めなかったでしょう。少し前の若者は「社会から外れること=社不=この世の終わり」このように捉えていたと言っても過言ではありません。

 

 

それと比べれば今の20代の人は諦念を伴うにせよ自分のことを「社不だわ〜」と認められるし、ツイートできるし、飲みの席でいうことにも抵抗がないように見えます。これって、今アラフォー世代アラフィフ世代の人から見たらけっこう信じられないことだと思うんです。ひょっとしたら30代の人からみても「えまじかw」となるかもしれませんね。「それ言えちゃうの?w」みたいな。

 

「自分らしく生きる」「自分軸で生きる」という視点から見れば「おれ社不だわ〜」「わたし社会じゃやっていけないわ〜」と言える人のほうが俄然社会や、他人や、同調圧力や、周囲の目線に束縛されにくく、例えば会社員ではない「別の道」を模索できる可能性が高いとも言えそうです。

 

情熱がない、欲がないなんて言われている「さとり世代」にあたる今の20代ですが反面、社会の圧力にがんじがらめにされにくく自分なりの楽しい生き方を見つけやすいとも言えるのかもしれません。