Ryuta.k【公式ブログ】

「自己肯定感と心理学」「ライフワークとパートナーシップ」を軸に発信しています

「来る者拒んでもいい、去る者追わず」で楽になる

 

 

 

 

 

 

 

「来る者拒まず去る者追わず」という言葉が好きでした。何だか自然体な気がしていました。去っていく者を追っても仕方がない、そのかわり来る者に対しては受け入れ親切にしようというマインドです。

 

ところがふと気づくと、「来る者」を際限なく受け入れ続けて疲弊している自分がいることに気づきました。「来る者」にはもちろん自分と相性の合う人もいるのですが、中にはどちらかと言うと積極的にお付き合いしたくないようなタイプの人や、性格的に合うんだか合わないんだか分からない人、何となく一緒にいると疲れる人、向こうはどう思ってるのか分からないけどこちらとしては生理的に無理な人、アムウェイの勧誘その他なども紛れ込んできます。

 

「来る者拒まず」の精神は高潔なようですが、それは単なる良い人、否、下手したら都合の良い人に成り下がってしまう可能性もはらんでいます。「来る者拒まず」を座右の銘としてしまうと人に振り回される人生になりかねません。

 

 

個人的には「来る者拒まず、去る者追わず」の「去る者追わず」の方は好きでして、私の人生はまさにそれを体現したようなものになっています。去る者を追っても仕方ありません。縁がなく自然消滅したビジネスなどについて執着する必要はありませんし、何となく「あ、この人に嫌われてるかもな」と思った人に対して積極的にアプローチすることはありません。

私を振った元カノについてはもちろんまぁまぁ執着をすることもありましたし何とか復縁を試みようとしたこともありましたが、今となっては遠い思い出です。「去る者追わず」を座右の銘としても失恋はキツイものですよね、当たり前ですが。でもいずれ時間の流れという重く強烈な作用によりそんな感情も押し流されてしまいます。

 

 

やや違うのではないか、と思うのは繰り返しになりますが「来る者拒まず」のほうです。これをガチガチに守ろうとすると述べてきたように辛くなります。合わない人を無理に受け入れるのは不自然なことです。

そこで冒頭ツイートで言ったように、「来る者拒んでもいい、去る者追わず」という精神はどうでしょうか。特に優しく真面目で気にしぃな人にとっては是非取り入れて欲しい考え方です。合わない人やら微妙な人やら顔が何となく嫌いな人やらアムウェイの勧誘やらは別に拒んでもいいんです。あなたが一緒にいて楽な人が来た時だけ受け入れれば良いんです。

 

「付き合う人は誰が何と言おうと私の好き嫌いで選ぶ」

これも一種の自己肯定であるわけですね。