Ryuta.k【公式ブログ】

「自己肯定感と心理学」「ライフワークとパートナーシップ」を軸に発信しています

皆が言う「正解」って実は正解じゃないのでは?…というちょっと社会不適合な人へ

 

 

私たちには「正解は必ずあり、それはひとつである」という正解主義の価値観が強く根づいているケースが多いです。

 

 

正解主義は人生、仕事、キャリア、恋愛、パートナーシップ、親子関係など人生のいたるところで姿を現します。

大学生が3年生になったら就職について真剣に考え始め、実際に面接をし、あるひとつの企業に身をおかなければならないと無意識的に考えるのも正解主義の例ですし、
就職したら転職してはいけない、辞職してはいけない、同じ会社でキャリアを積み重ねなければいけないというある種の思い込みも正解主義の例ですし、
アラサーになったら真剣に婚活をしなければいけない、そして30までに結婚して33までには出産しなければいけないという観念も正解主義の例でしょう。

 

人生の節目節目、人生の流れの時々で「こうするべき」という指標のようなものがありそれからそれてはいけないという思い込みが正解主義であり、その生き方にカチリとはまって幸せに生き幸せに死んでいく人も当然いるのですが、中にはその「型にはめたような生き方」がどうも性に合わなく息苦しいという人も少なからずいます。

そしてそういった人はジレンマに苦しむことになります。「こういう生き方が正解だと教わったのにいざその方向に向かってみると全然幸せが感じられない、むしろモヤモヤする、なんか苦しい」というように。

 

 

ほとんどの人が抱えている「正解主義」という価値観の淵源は何といっても学校教育でしょう。私たちは保育園から大学までの実に20年前後の期間、集合的な教育により徹底的に正解主義を叩き込まれます。

例えば最も幼少の頃より覚え込まされる「正解」は「空気を読むこと」です。周りの子に迷惑をかけてはいけない、周りの子から浮いてはいけない、周りの子と同じような態度を取らなくてはいけない、周りの子が大人しくしている時は大人しくしなければいけない、周りの子がワチャワチャ遊んでる時は元気に遊ばなければいけない、周りの子に溶け込まなければいけない…

この「空気を読む」という価値観はおそらく保育園幼稚園の世代より形成され、その人の一生を通して「正解」であり続けるものです。

 

また、義務教育〜大学では授業の定着度や能力を測るために定期テストや受験があります。そこでは4択の選択肢から1つの正解を選ぶという問題が課せられたり、記述式で問題製作者が満足するような回答を書くことが求められます。

多くの問いでは1つの問題につき解答が何個も何個も存在することはあり得ませんし、2+2=7になることもありません。試験や受験などを通して人々は正解主義を学んでいくのですね。

 

いわば私たちは20年間にわたり正解主義を身につけるための「特殊訓練」を積んでいるようなものでして、一部の人を除き人生の流れ流れにおける「正解」を目指しながら生きるのが心地良いというか、心地悪くないものなのです。「人間は自由の罪に処されてる」と言ったのはサルトルだったかと思うのですが、サルトル大先生から見ても「自由」というのは「罪」という言葉で言い表したくなってしまうほど人間にとってはキツイものであり、ほとんどの人は「ほれ、今日から自由にしていいぞ」と言われると途方に暮れてしまうわけです。無数の選択肢がありそこから自由に選んでいいよと言われても困るのです。みんな何かしらの「選択肢」と「正解」が欲しいのですね。

そして社会や会社はその需要に応えるように、「正解主義」な人々に対して実に都合の良いシステムになっています。(最初に正解主義な社会システムがあり、それに合わせて正解主義的教育があるという考えが正論かと思いますが、話が煩雑になるので割愛)

正解からはみ出た私のような人間に対する社会の仕打ちはひどいものです。読者にフリーランスの人がいたら共感いただけると思いますが。

 

 

「今の会社に属し続けることが必ずしも幸せじゃないかもしれない」「あちこち転職し回ってもいいかもしれない」「むしろ会社員やらなくてもいいかもしれない」「空気読むのまじ疲れた」「田舎で畑仕事でもしたい」「30までに結婚とかどうでもいいかもしれない、独身の方が楽しいかもしれない」そんなことをふと考えてしまっている人は幸か不幸か正解主義の考えから足を踏み外しつつあります。そして繰り返しになりますが、脱正解主義化しつつある人にとって現実の社会は恐ろしく生きにくい場所になり得ます。

 

それでもいいんだぞと、「俺は俺なりの、私は私なりの生き方をするんだぞ」というちょっぴり変なマインドの人(褒めてます)が少しでも楽になるための考え方が当ブログで書いている「自己肯定」と「自分軸」になってくるわけなんですね。よかったら他にも色々記事を見ていただけたら嬉しいです。