Ryuta.k【公式ブログ】

「自己肯定と心理学」「ライフワークとパートナーシップ」を軸に発信している文筆家。自分らしく心軽く生きるためのお手伝いをしています。

人への期待が強ければ強いほどイライラしやすくネガティブになりやすい

 

 

 

 

 

先日、期待の強い人は生きにくいということをツイートしましたのでより深掘りしてみようと思います。

 

「人への期待が強ければ強いほどイライラしやすくネガティブになりやすい」とツイートに書きましたが、それは期待が強ければ強いほど「自分の幸せ」を「相手の行動」に一任してしまうことになる。つまり、他人軸だからに他なりません。

 

「○○してくれるはずだよね?」という思いが強ければ強いほど相手に期待しています。
「○○してくれるはずだよね?」という思いが強ければ強いほど自分の喜怒哀楽を相手に委ねてしまっている他人軸状態です。
「○○してくれるはずだよね?」という思いがあまりにも強すぎるのが依存状態であり、執着状態です。依存、執着している人からは(ご存知の人もいる通り)おぞましい負のオーラが放出されますのでそれまで健全であった人間関係や恋愛をも破滅に導きます。

 

「○○してくれるはずだよね?」の「○○」の中には実にさまざまな文言が挿入できるのはお察しの通りです。世の中には実にさまざまな「相手への期待」があります。

「1日1回は電話してくれるはずだよね?」もそのような期待です。「1週間に1回は会ってくれるよね?」もそのような期待です。「誕生日にはサプライズとプレゼントがあるよね?」もそのような期待です。「これだけ尽くしたんだから結婚してくれるよね?」もそのような期待です。「毎日料理してるんだからねぎらいの言葉があって当たり前だよね?」もそのような期待です。「上司と良い関係を続けてるんだから昇進できるよね?」もそのような期待です。「会社に長く勤め続けてるんだから俺だけはクビにならないよね?」もそのような期待です…

 

そして上記のような期待は時として、(あるいは多くの場合)裏切られ、失意に沈むことになります。時にはショックのあまり食事も喉を通らなくなったり、病んだりしてしまいます。もしくはそのような期待が成就することもあるでしょう。ですがその際に訪れるのは幸福感やワクワクではなく、単なる「束の間の安堵」です。「あぁ、裏切られなくてよかった」という安堵です。相手への期待がある場合、その結果いかんによってあなたの感情があっちへこっちへ振り回されてしまうのですね。他人軸の大きな弊害だと言えるでしょう。

 

 

期待の対義語は「信頼」です。期待と信頼との大きな違いは「期待」は「○○になるはずだよね?そうならなかったらどうしよう」という恐怖がベースにあるのに対し、「信頼」は「こうなれば最高に幸せ!」というワクワク感をベースに、あらゆる結果を受け入れようとする姿勢を持っているところでしょう。

こうなれば最高に幸せと言う考え方の根本には「(今も幸せだし、願いが叶わなかったらそれはそれでokだけど)こうなれば最高に幸せ」という含意があります。元の考え方が「期待」とは大きく異なるのですね。

そこには自分軸的なコミットメントがあります。

 

繰り返しますが、「期待」はそれが外れたり裏切られれば、失意したり悲しみにくれたり怒りが渦巻いたり幻滅したりなど被害者的な思考が出てきます。

一方で「信頼」はそれが外れたとして、多少はガックリくるかもしれませんが「それはそれやな」と比較的あっさり受け入れ、切り替えることができるマインドです。少なくとも自分は被害者であるという思考は出てきません。よってネガティブ感情やイライラに振り回される度合いは格段に低くなります。

 

 

「他人の行為により自分の幸福度が左右される」のが期待。

「すべては自分が選んだ結果だからどんな結果も受け入れる」のが信頼。

 

 

最後に付け加えると、心理学的には物事に期待するよりは信頼したほうが、願いや希望は引き寄せやすいです。