Ryuta.k【公式ブログ】

「自己肯定と心理学」「ライフワークとパートナーシップ」を軸に発信している文筆家。自分らしく心軽く生きるためのお手伝いをしています。

「周囲の反対意見」に振り回されるのはつまらない

 

 

「人の目なんか気にしないで気楽に自由に生きましょう」ということをよく言います。

 

他人ってけっこう無責任に色々なことを言うものです。親であっても友達であっても恋人であっても割とそうですね。

あなたが「これをやりたい!」と思ってるとする。「こんな仕事をしたい!」と口に出すとする。そうすると周りはあれやこれやと口出ししてきます。しかもそのネガティブな回答は、単なる感情的な反発であることが往々にしてあるのです。

 

例えば僕は20代前半の早い段階で「起業したい!」と言っていたのですが周りの人から散々横槍を入れられました。「そんなのやめといた方がいいよ」「社会を知らないまま起業だなんて…せめて一度は就職した方がいいんじゃない?」「失敗したらどうするの?」など色々なことを言われました。本気で「あなたのためだよ」みたいな顔をしてそのようなことを言ってくるんです。みんな。

確かに中には一考に値する助言や考えさせられる提案だってありましたが、僕に「起業なんてやめといた方がいいんじゃない?」と言ってきた人の多くは「起業(しかも若者の起業)」という見慣れないものに対して条件反射の反対をしているだけのように思えました。そして実際、そうだったのでしょう。
ボールが飛んできたら目を瞑るように、フライパンに手を触れてしまったら「アツッ!」と言って手をかわすように、僕が「起業したい」と言うと反射的な「やめときなよ」が飛んでくるのです。あれには本当に飽き飽きしましたね。ある時から人に自分の夢や目標を語るのはやめてしまったほどです。

 

何かチャレンジングなことをしたいと思って人にアドバイスを求めることってあると思います。チャレンジングなことだからこそ周囲の意見を聞きたいと思うのは当然です。しかし、チャレンジングなことだからこそ周囲からの返答はネガティブなものになりがちです。しかも、熟考のすえのネガティブ返答ではなく、多くの場合は脊髄反射のネガティブ返答です。

 

僕の知人女性がネパール人のインド料理屋で働いてる男性と結婚したいと言った時もまさに同じようなことが起こったようでした。話を聞く限り、僕が「起業したい」と周囲に言った時以上の(悪い意味での)量および質の反対意見が彼女にもたらされたはずです。

「お前は頭がおかしくなったのか?」「騙されてるんじゃないのか?」「相手は犯罪者とかじゃないよね?」という半ば誹謗中傷に近いものや偏見に満ちた反対意見を散々言われたようです。

結局そのネパール人の男性と彼女は上手くいかなくなってしまい、結婚には辿り着けるなかったのですが、その破局の理由の一端が周囲の「脊髄反射の反対意見」だとしたらそれは非常に悲しい話です。彼女はそのネパール人男性と結婚してこれ以上ない幸せな将来を掴んでいたかもしれないのです。希望あふれる人生を手に入れていたかもしれないのです。そしてもちろん、言うまでもないことですが、その責任を「周囲の人々」は一切とってくれません。まったく馬鹿馬鹿しい話です。

 

あなたが突飛に見えるビジョンや常識外れの展望を周囲に言えば、無責任で脊髄反射的な反対意見が返ってくることが多いと思います。どうかそんな意見は気にしないでください。

もちろん、相手が相手なりに一生懸命考えた末の反対意見なら一考に値するでしょう。全ての反対意見が悪いと言うのではありません。考慮に値する反対意見だってあります。

でも、「学生起業」や「ネパール人男性との結婚」のような多くの人の視野の外部にあることを言われた時の周囲の反応は、決まって理性的に熟慮された上での回答ではなく、単なる動物的反射的感情的な反発です。言わばその相手の「偏見」が返ってくるわけです。そんな下らないものにあなたの人生を振り回されてはいけません。

 

あなたの幸せはあなたが決めてください。