Ryuta.k【公式ブログ】

「自己肯定と心理学」「ライフワークとパートナーシップ」を軸に発信している文筆家。自分らしく心軽く生きるためのお手伝いをしています。

人の目が気になって自分の思うように生きられないこと〜屋外マスクの例とともに〜

 

 

 

 

 

人は社会的な動物だと言われていますが、日本の人は特にその傾向が色濃いようです。「周りの人がどうしているかを見てから自分の行動や言動を決める」「周りの人がこうするから自分もこうする」「周りの人に嫌われないことを重要視する」こういった傾向ですね。

もちろん口を開けば周囲と軋轢を生むというのではまともな社会生活は送れませんし、「あえて周囲の反対を行こう!」と言うのでは決してありませんが、もう少し「自分の意志」や「自分のやりたいこと」を優先しても良いように思われるのです。

 

この事でしばしば話題になるのは「屋外マスク」についてですね。

都内では日々1000人単位の感染者が出ておりコロナの収束宣言は出されていないとは言え、感染対策と経済回復のバランスを取らねばならない状況、ワクチン接種者の割合が高く重傷者が比較的少ない状況などを鑑みて、飲食店の規制を緩和/解除したり、「GoToトラベル」の再会を検討したり、6月7月と段階的に海外からの入国者を増やしていくなど政府としてはコロナとの「共存」を模索しているように思われます。

その一環として、政府会見で「人との距離が離れている屋外ではマスク着用は個人の判断に委ねる」という、「屋外マスク不要」の見解が発表されました。すでに厚生労働省のHP上では「熱中症の懸念がある場合にはマスクを外すことを推奨する」とまで書いてあります。もちろんこれらは今さら私が書くまでもなく、ニュースやSNSで散々認知されていることです。

 

…にも関わらず、都内を歩いていると距離の取れている屋外でマスクを外している人は1割にも満たないように思われます。100人の歩行者がいたらマスクを外しているのは2〜3人というところでしょうか。「マスク不要見解」が発表されてから即座にノーマスク生活に入っている諸外国とは大きな差がありますよね。「日本と外国では感染症への意識の差が大きく違うのだ!」と言う人もいますが、果たしてそれだけなのでしょうか。

 

結局、「みんながしてるから私もマスクをする」ということなのだろうと思います。「みんなに奇異の視線で見られたくないから私もマスクをする」ということなのだと思います。6月に入り、湿度気温ともに上がり、マスクをしながら歩くのが非常に不快な日も増えてきました。それでもなお、周囲の視線や社会的な圧力から身をかわしたがる。「自分の希望」ではなく「他人の目線」を気にしてしまう。そういうことなのだと思います。

なお、ここで私は「マスク着用を希望している人」を否定しているわけではありません。基礎疾患等があり、政府の「マスク不要論」が出てもなお慎重に慎重を重ね屋外でもマスクをしたい人もいると思います。積極的に「マスクをしたい!」と思っている人もいると思います。そういう人はあくまでも自分の希望の上でのマスク着用なのですから、その意志は尊重されるべきだと思います。

 

私は政治的な意見を発信したいわけではありませんし、マスクの要不要を議論したいわけでもなく、このブログではあくまで「自分らしい生き方」「自分らしいパートナーシップ」を発信しています。そして「自分らしさ」を追い求めていくために「周囲の目線」はしばしば弊害になります。

今回はその好例として、「周囲の目線を気にしがちな人々」の好例として、屋外でのマスク着用を取り上げてみました。

 

 

コロナ・パンデミック全盛の時は屋外でマスクを外すのは「倫理的にどうなの?」と思われる行動でしたが、現在はそうではありません。むしろ繰り返しになりますが、状況によっては厚生労働省等から「推奨」されています。

自分がやりたいからと言って「倫理外」のことをやって良いわけではありません。

これはマスクだけではなく、生き方、ビジネス、人間関係、恋愛、婚活など…何でもそうです。

 

一方で、特に倫理的に問題がないのなら、もっと人の目を気にせず、「人は人、自分は自分」と切り分けて積極的に自分の快不快を追求していった方が幸せに繋がりやすいのです。

これもまたマスクだけではなく、生き方、ビジネス、人間関係、恋愛、婚活など…何でもそうです。